【小児科医が解説】溶連菌の後の尿検査、実は毎回必要ない?腎炎の「危険なサイン」と正しい知識|杉並区・荻窪 長田こどもクリニック
はじめに:元気になった後の「尿検査」、本当に必要?
お子さまが溶連菌感染症にかかり、抗生物質を飲み終えてようやく元気になった時、小児科で「念のため、数週間後に尿検査をしましょう」と言われた経験のある保護者の方はいらっしゃいますか?そして、「もうすっかり元気なのに、どうして?」「全員が必ず受けなければいけないの?」と疑問に思われたかもしれません。
結論は不要です!かつては、溶連菌感染後の尿検査は「必ず行うべきこと」とされていました。しかし、医学の進歩と生活環境の変化に伴い、その考え方は変わってきています。私たち杉並区南荻窪の長田こどもクリニックでは、保護者の皆さまのこうした疑問にお答えし、最新の医学的知見に基づいた、お子さまにとって本当に必要な医療を提供したいと考えています。この記事では、「溶連菌後の尿検査」の本当の意味と、現在のスタンダードな考え方について、詳しく解説します。
なぜ尿検査が推奨されてきたのか?合併症「急性糸球体腎炎」とは
溶連菌感染後の尿検査の目的は、「溶連菌感染後急性糸球体腎炎(Poststreptococcal Glomerulonephritis、略してPSGN)」という、腎臓の合併症が起きていないかを確認するためです。「糸球体」とは、腎臓の中で血液をろ過して尿を作る、毛細血管が集まったフィルターのようなものです。このフィルターに炎症が起こるのが「糸球体腎炎」です。
これは、溶連菌自体が腎臓を直接攻撃するわけではありません。原因は、私たちの体の「免疫反応」の“誤作動”にあります。溶連菌と戦うために作られた免疫複合体(抗原と抗体が結合したもの)が、戦いの後に血流に乗って腎臓に運ばれ、糸球体に沈着します。その免疫複合体が引き金となって、腎臓で炎症が起きてしまうのです[1]。
この糸球体腎炎は、溶連菌に感染した直後ではなく、のどの感染から1〜3週間後、皮膚の感染(とびひなど)から3〜6週間後という、時間差をおいて発症するのが大きな特徴です[2]。つまり、お子さまがすっかり元気になった頃に、静かに始まる可能性があるため、かつては全例で尿検査によるスクリーニングが行われてきたのです。
変わる常識:なぜ今は「症状がなければ」尿検査をしないのか?
これまでの説明を読むと、「やはり尿検査は絶対に必要なのだ」と思われるかもしれません。しかし、現在の日本の小児科診療では、「症状のないお子さま全員に、一律で尿検査を行う必要はない」という考え方が主流になりつつあります。その背景には、主に3つの理由があります。
理由1:急性糸球体腎炎の発症頻度が、日本では極めてまれになったから
最も大きな理由がこれです。衛生環境の向上や、溶連菌感染症に対する迅速な抗菌薬治療の普及により、先進国における急性糸球体腎炎の発症は1970年代以降、劇的に減少しました[3]。現在、世界で起こる急性糸球体腎炎の97%は発展途上国で発生しており[4]、日本で典型的な症状を伴うお子さまに遭遇することは、小児科医でも非常にまれな経験となっています。
理由2:お子さまが発症した場合の予後が、非常に良好だから
万が一、急性糸球体腎炎を発症したとしても、お子さまの予後はほとんどのケースで非常に良好です。むくみや高血圧などの急性期の症状は通常1〜2週間で改善し、腎機能も3〜4週間で元に戻ります[5]。後遺症を残すことなく完全に治癒することがほとんどであり、過度に恐れる必要のない病気になってきているのです。
理由3:医療の重点が「一律の検査」から「危険なサインの教育」へシフトしたから
発生頻度が極めて低く、かつ予後が良い病気に対して、全員にスクリーニング検査を行うことは、医療資源の観点からも、またご家族の不要な心配を煽らないためにも、必ずしも最善とは言えません。そこで現在の医療では、一律に検査を行うのではなく、保護者の皆さまに「本当に注意すべき危険なサイン」を知っていただき、そのサインが見られた時に速やかに受診していただくというアプローチがより重要だと考えられています。これにより、本当に検査や治療が必要なお子さまを的確に見つけ出すことができるのです。
では、どんな時に尿検査が必要?家庭で注意すべき「腎炎のサイン」
「検査をしなくていい」と言われると、逆に不安になる方もいらっしゃるかもしれません。大切なのは、「何もしない」のではなく、「正しく観察する」ことです。以下の様なサインがお子さまに見られた場合は、溶連菌の治療が終わった後でも、速やかに当院へご相談ください。これらが、尿検査やさらなる診察が必要となる「危険なサイン」です。
- 尿の色の異常(血尿):いつもより色が濃い、茶色っぽい、コーラや紅茶のような色をしている。
- むくみ(浮腫):朝起きた時に、まぶたが腫れぼったい。夕方になると、すねを指で押すと跡が残る。急に体重が増えた。
- 高血圧に伴う症状:頭痛を頻繁に訴える。なんとなく元気がない・ぐったりしている。吐き気が続く。
その他、「おしっこの量が明らかに減った」というのも重要なサインです。
これらの症状は、腎臓の機能が低下していることを示唆しています。特に、溶連菌感染症にかかってから1ヶ月以内くらいの間は、これらのサインがないか、気にかけてあげてください。もちろん、ほとんどのお子さまには何も起こりません。しかし、この知識を持っていることが、万が一の時の早期発見に繋がるのです。
長田こどもクリニックの考え方:安心のための、対話と丁寧な診察
急性糸球体腎炎はまれな病気になり、予後も良好です。だからこそ、当院では、保護者の皆さまとの対話を大切にし、一人ひとりのお子さまに合わせた最適なフォローアップを提案しています。
溶連菌感染症と診断された際には、私たちは以下のことを説明しています。
- なぜ現在では一律の尿検査が不要なのか、その医学的根拠を丁寧に説明します。
- ご家庭で注意して観察すべき「腎炎の危険なサイン」を、具体的に説明します。
- 万が一、上記のサインが見られた場合には、いつ、どのように行動すれば良いかを明確にお伝えします。
- もちろん、ご家族が強い不安を感じられる場合や、ご希望がある場合には、症状がなくても尿検査を行うことは可能です。その際は、検査の意味と結果の解釈について、しっかりとご説明します。
私たちの目標は、不要な検査を省くことではなく、不要な“心配”をなくすことです。正しい知識を共有し、保護者の皆さまと一緒に、お子さまの健康を見守っていく。それが、私たちの目指す小児医療です。溶連菌感染症に限らず、何か少しでも疑問や不安なことがあれば、どんな些細なことでも構いませんので、遠慮なくご相談ください。
杉並区南荻窪にある長田こどもクリニックは平日は毎日20時まで、土曜日は13時まで診療しています。
また遠方からでも来院できるように無料の駐車場を6台用意しています。
参考文献
- Rodríguez-Iturbe B, Batsford S. Pathogenesis of poststreptococcal glomerulonephritis a century after Clemens von Pirquet. Kidney Int 2007; 71:1094.
- Nissenson AR, Baraff LJ, Fine RN, Knutson DW. Poststreptococcal acute glomerulonephritis: fact and controversy. Ann Intern Med 1979; 91:76.
- Coppo R, Gianoglio B, Porcellini MG, Maringhini S. Frequency of renal diseases and clinical indications for renal biopsy in children (report of the Italian National Registry of Renal Biopsies in Children). Nephrol Dial Transplant 1998; 13:293.
- Carapetis JR, Steer AC, Mulholland EK, Weber M. The global burden of group A streptococcal diseases. Lancet Infect Dis 2005; 5:685.
- Lewy JE, Salinas-Madrigal L, Herdson PB, et al. Clinico-pathologic correlations in acute poststreptococcal glomerulonephritis. A correlation between renal functions, morphologic damage and clinical course of 46 children with acute poststreptococcal glomerulonephritis. Medicine (Baltimore) 1971; 50:453.
- Sagel I, Treser G, Ty A, et al. Occurrence and nature of glomerular lesions after group A streptococci infections in children. Ann Intern Med 1973; 79:492.
- Satoskar AA, Parikh SV, Nadasdy T. Epidemiology, pathogenesis, treatment and outcomes of infection-associated glomerulonephritis. Nat Rev Nephrol 2020; 16:32.
長田こどもクリニック
杉並区荻窪の小児科・アレルギー科