【小児科医が徹底解説】犬のような「ケンケン」という咳嗽の正体は?クループ症候群にも種類がある?その対処法と受診の目安|杉並区・荻窪 長田こどもクリニック
はじめに:“普通じゃない”咳の音
日中は少し鼻水が出ていただけなのに、犬やオットセイが吠えるような「ケンケン」「コンコン」「バウバウ」という奇妙な咳をし始めて、驚いた経験はありませんか?普通の風邪の咳とは明らかに違う、乾いて響くような音に、「何か変な病気なのでは?」と思った保護者の方も少なくないでしょう。
この特徴的な咳は、多くの場合「クループ症候群」という、小さなお子さまによく見られる病気のサインです。しかしごくまれに急性喉頭蓋炎という急激に悪化する病気が隠れていることもあり軽視してはいけません。
私たち杉並区南荻窪の長田こどもクリニックでは、特に空気が乾燥する秋から冬にかけて、このクループのお子さまを数多く診察します。この記事では、なぜあのような特殊な咳が出るのか、その原因と体の仕組み、そして最も大切な「お家での対処法」と「急いで受診すべきタイミング」について、最新の医学的知見を基に、どこよりも詳しく、分かりやすく解説します。
「ケンケン」という咳の正体:声帯の下が腫れているサイン
クループとは、医学的には「急性喉頭気管炎(きゅうせいこうとうきかんえん)」と呼ばれる病気です。その名の通り、のど(喉頭)と、そのすぐ下にある空気の通り道(気管)に炎症が起こります。特に重要なのが、声帯のすぐ下の部分(声門下腔:せいもんかくう)です。
この声門下腔は、もともとお子さまの気道の中で最も狭い部分です。あるウイルスに感染すると、この狭い部分の粘膜が炎症でパンパンに腫れあがってしまいます。この狭くなった空間を、空気が通るときに、あの特徴的な音が出ます。
- 咳をすると…「ケンケン」「バウバウ」という、犬が吠えるような乾いた咳(犬吠様咳嗽:けんばいようがいそう)になります。
- 息を吸うと…「ヒューヒュー」「ゼーゼー」という苦しそうな音(吸気性喘鳴:きゅうきせいぜんめい)が聞こえます。
- 声帯そのものにも炎症が及ぶため、声がかすれる(嗄声:させい)のも特徴です。
この「ケンケンした咳」「息を吸う時のゼーゼー」「かすれ声」が、クループの3つの典型的な症状です。
実は2種類ある?通常のウイルス性クループと、繰り返す「けいれん性クループ」
ひとくちに「クループ」と言っても、実は少しタイプの違うものが存在することをご存知でしょうか。ほとんどは一般的な「ウイルス性クループ」ですが、一部のお子さまは「けいれん性クループ」と呼ばれるタイプを繰り返すことがあります。
① ウイルス性クループ(一般的なクループ)
これは最も一般的なタイプで、その名の通りウイルス感染が原因です。パラインフルエンザウイルスが最も多く[1]、その他RSウイルス、インフルエンザウイルス、新型コロナウイルスなども原因となります[2]。通常、鼻水や咳、発熱といった風邪症状が12〜48時間ほど先行するのが特徴です。症状は3日程度でピークを迎え、その後は徐々に改善していきます。
② けいれん性クループ(アレルギー性クループとも呼ばれます)
こちらは、一部のお子さまに見られる特殊なタイプです。最大の特徴は、明らかな風邪症状がないのに、夜間に突然、ケンケンした咳で発症することです。症状は数時間で治まることが多いですが、次の日の夜にまた繰り返す、ということを数日間続けることがあります。熱は出ないことがほとんどです。アレルギー体質のお子さまや、ご家族にアレルギーを持つ方がいる場合に多い傾向があり、ウイルス感染が引き金になるものの、アレルギー的な反応が強く関わっていると考えられています[3]。
けいれん性クループに特別な治療法はありますか?
この質問に対する答えは、「はい」と「いいえ」の両方です。どういうことか、分けてご説明します。
- 夜中のつらい発作に対する「緊急の治療」は、基本的に同じです。
ウイルス性であろうと、けいれん性であろうと、声帯の下が危険なほど腫れている状態は同じです。そのため、その腫れをステロイド薬やアドレナリン吸入で迅速に抑える、という治療の最優先事項は変わりません。 - 繰り返す発作を「予防する」という長期的な視点では、特別なアプローチがあります。
アレルギー体質に加え、胃食道逆流症(GERD)などが関与している可能性が指摘されています[4]。胃から逆流した胃酸がのどを刺激し、腫れを引き起こしやすくするという考え方です。頻繁にけいれん性クループを繰り返す場合は、それらの根本的な原因に対する治療(例:アレルギーの薬を定期的に内服する、胃酸を抑える薬を使うなど)が、結果的にクループの予防につながることがあります。
※クループを繰り返し起こす方はぜひご相談下さい。まれに声帯の異常やヒトパピローマウイルスに伴う声門部腫瘍なども鑑別となります。
うちの子はなりやすい?クループの危険因子(リスクファクター)
同じウイルスに感染しても、クループを発症する子と、ただの鼻風邪で終わる子がいます。この違いは、お子さまが持つ「なりやすさ(素因)」が関係していると考えられています。クループになりやすいお子さまの特徴は以下の通りです。
- 年齢:生後6ヶ月から3歳頃が発症のピークです。これは、気道が物理的に細く、また免疫も未熟なためです。6歳を過ぎるとかかることはまれになります[5]。
- 性別:男の子は女の子に比べて約1.4倍かかりやすいと報告されています[6]。
- 家族歴:ある研究では、ご両親のどちらかが子どもの頃にクループを経験していると、お子さまがクループになるリスクが3.2倍、繰り返すクループになるリスクが4.1倍高くなることが示されています[7]。これは、気道の形や免疫反応の仕方に、遺伝的な要因が関わっている可能性を示唆しています。
受診の目安:お家で様子を見ていい咳、急いで病院へ行くべき咳
クループは、ほとんどが軽症で、数日で自然に良くなる病気です[8]。しかし、中には急速に悪化し、呼吸困難に陥るケースもありますしクループ以外の急性喉頭蓋炎など危険な疾患が隠れていることもあります。
「どのタイミングで病院へ行けばいいのか?」
- 【軽症】
興奮したり泣いたりした時だけ「ケンケン」した咳が出る。安静にしている時は、息を吸う時のゼーゼー(吸気性喘鳴)はない。呼吸は苦しそうではない。
→ かかりつけ医を受診しましょう。 - 【中等症】
安静にしていても、息を吸うたびに「ヒューヒュー」「ゼーゼー」という音が聞こえる。呼吸に合わせて胸のあたり(鎖骨の上や肋骨の間)がペコペコとへこむ(陥没呼吸)。少し苦しそうにしている。
→ 夜間・休日でも救急外来を受診してください。 - 【重症】
息を吸う時のゼーゼーが非常に強く、呼吸がとても苦しそう。陥没呼吸も明らか。顔色が悪かったり、唇が紫色になったりしている(チアノーゼ)。ぐったりして意識がもうろうとしている。
→ 命に関わる危険な状態です。迷わず救急車を呼んでください。
お家でできること、病院で行うこと
クループと診断された、あるいはその疑いがある場合、どのように対応すれば良いのでしょうか。
ご家庭でできる応急処置
軽症の場合、まずはお子さまを落ち着かせることが第一です。泣いたり興奮したりすると、呼吸が速くなり、さらに気道が狭くなってしまいます。
- 縦抱きにする:座らせるか縦に抱っこして、上半身を起こした姿勢を保ちます。
- 加湿:お風呂場に熱いシャワーを出し、その蒸気を吸わせる(火傷に注意)。あるいは、加湿器を近くに置く。
- 涼しい空気を吸わせる:窓を開けて、少しひんやりした夜の空気を吸わせると、のどの腫れが和らぐことがあります。最近の研究でも、冷たい外気に当たることで症状が改善する効果が示唆されています[9]。
クリニックでの治療
中等症以上の場合や、家庭でのケアで改善しない場合は、お薬による治療が必要です。
- ステロイド薬:のどの腫れを強力に抑えるお薬です。デキサメタゾンというお薬の飲み薬や注射が、クループの治療に非常に有効であることが多くの研究で証明されています[10]。効果が出るまでに数時間かかりますが、作用時間が長いのが特徴です。
- アドレナリン(ボスミン)吸入:気道の血管を収縮させて、急速に腫れをひかせるお薬です。ネブライザーという機械で霧状にして吸い込みます。即効性があり、吸入後10分ほどで呼吸が楽になりますが、効果は2時間程度しか続きません。そのため、この吸入を行った場合は、症状がぶり返さないか、数時間は病院で経過観察が必要です。
長田こどもクリニックの考え方:不安な夜を、安心な朝へ
突然始まるお子さまの「ケンケン」という咳や苦しそうな呼吸は、保護者の皆さまにとって、不安な時間だと思います。当院では、クループが疑われるお子さまに対して、重症度を的確に評価し、必要な治療を迅速に行うことはもちろん、ご家庭に戻られてからの具体的な疑問や心配事についても、丁寧にご説明しています。
お子さまのいつもと違う咳に気づいたら、どうか一人で抱え込まず、私たちにご相談ください。
当院は平日毎日20時まで、土曜は13時まで診療しています。
また練馬区などからもおこしいただけるように無料駐車場を6台ご用意しています。
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参考文献
- Lee JK, Song SH, Ahn B, et al. Etiology and Epidemiology of Croup before and throughout the COVID-19 Pandemic, 2018-2022, South Korea. Children (Basel) 2022; 9.
- Martin B, DeWitt PE, Russell S, et al. Acute Upper Airway Disease in Children With the Omicron (B.1.1.529) Variant of SARS-CoV-2-A Report From the US National COVID Cohort Collaborative. JAMA Pediatr 2022; 176:819.
- Hide DW, Guyer BM. Recurrent croup. Arch Dis Child 1985; 60:585.
- Coughran A, Balakrishnan K, Ma Y, et al. The Relationship between Croup and Gastroesophageal Reflux: A Systematic Review and Meta-Analysis. Laryngoscope 2021; 131:209.
- Cherry JD. Clinical practice. Croup. N Engl J Med 2008; 358:384.
- Rosychuk RJ, Klassen TP, Metes D, et al. Croup presentations to emergency departments in Alberta, Canada: a large population-based study. Pediatr Pulmonol 2010; 45:83.
- Pruikkonen H, Dunder T, Renko M, et al. Risk factors for croup in children with recurrent respiratory infections: a case-control study. Paediatr Perinat Epidemiol 2009; 23:153.
- Thompson M, Vodicka TA, Blair PS, et al. Duration of symptoms of respiratory tract infections in children: systematic review. BMJ 2013; 347:f7027.
- Siebert JN, Salomon C, Taddeo I, et al. Outdoor Cold Air Versus Room Temperature Exposure for Croup Symptoms: A Randomized Controlled Trial. Pediatrics 2023; 152.
- Aregbesola A, Tam CM, Kothari A, et al. Glucocorticoids for croup in children. Cochrane Database Syst Rev 2023; 1:CD001955.
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